新しさと懐古主義の狭間

それなりにいい歳になった僕にとって、ゲームというのはあまり人にアレコレ話す趣味ではなくなった。
しかし、自分の人間関係を思うとどうだ。
好きな人、大事な友達、最近遊ぶ人−内、半分ほどがFF11の友達で埋まっている。
結局、その人たちと一緒にいたいと思うこと自体はゲームとは切り離されているわけで、特に気にすることでもない。


それでも、たとえば大学の友達に対してゲームが好きですとはなかなか言いづらい。
普段は「趣味はフットサルです」なんてスマイルを無料でお付けしながら伝える中で、ほんのりと飲み会で酔っ払った席で、隣の人が「実は俺最近Wii買っちゃってさぁ」なんて話すところに便乗して、「あ、俺も最近ゲームはまっちゃってるかも。360のブルドラ、マジ面白いっすよ」なんて言うと、途端にみんな無言になって杯を下ろしてしまう。
−なんて出来事があったわけではないんだけど、実際のところパブリックな場所には持ち出し難いのがゲーム。
しかし、上にも書いたとおり、もはやゲーム単独でというよりは、一つのコミュニケーションツールとして生活の中に既に根付いてるのではないかと思う。
それは昔と同じようで、今は少し違う。端的に言えば、嵌りきれなくなった。
自分が夢中になるものが他にたくさん出来てきたことに加えて、ゲームそのものが多様化する中で、同じ一つのゲーム単体の話でコミュニケーションを取ることが少ないからなのだろうか。


そんなわけで、今や買うだけ買って投げ出すことが多くなってきたのに、なぜか新しいゲーム機を見てはふと財布を確かめてしまう。
そしてやってきたのはWiiでもPS3でもなく・・・X-BOX360だったというわけ。
購入に踏み切らせたのは、新しさに惹かれてではなく、実は店頭のデモで流れていた印象的かつ懐かしい音楽に心動かされたから。
初めてクリアしたRPGファイナルファンタジーVIだった自分にとって、植松伸夫さんの紡ぐメロディーはどうも色々心の弱いところを突かれてしまってよくないなと思う。
それが懐古主義のもたらすものなのかどうかはわからないけれど、改めてX-BOX360の目玉ソフトである「ブルードラゴン」をやってみると、一番RPGが面白かったときの感覚が俄かによみがえるのがよく分かる。
しかし、よく音楽を聴いてみると、ロックとクラシックの融合が密かに行われていたり、エンカウント方式からシステム周りまで、今のRPGの反省点を含めてきちんと新しい要素を盛り込んできているわけで。
2007年の自分が、初めてRPGを触れたときのような面白さを感じるってのはすごく難しいはずなのに・・・相当面白いです、ブルードラゴン


そんなわけで、今、ようやくディスク1の最後と思われる機械仕立てのダンジョンで山場を迎えているところです。
仲間も5人勢揃い、導入がいまいち弱く感じられた物語やキャラクターもここにきて随分といとおしく感じられるように。
毎日1時間プレイくらいのペースなのでなかなか先に進めないのがジレンマだけど、このゲームは最後の場面までちゃんと見てみたいな。

ブルードラゴン(特典無し) - Xbox360

ブルードラゴン(特典無し) - Xbox360